from : ボルゾイな生活
愛犬との別れは辛いのもです
たとえ天寿を全うしたものであっても、どんなに悲しいことか
それが病気でもなく、まさか亡くなることなど想定していないところで突然別れることになるとは
心構えも無くどんなに喪失感に襲われるか、私には想像できます
極端な話、親を亡くすことは遅かれ早かれ自然の法則で訪れるものです
愛犬の場合は、子どものように思っている部分があるから、親を亡くすことより悲しいこともあります
我が家では、十数頭飼育してきましたが、ほとんどに犬が天寿を全うしました
多くの犬と別れ、最後のマラミュートを見送ったとき
ユリ母は、これほど涙が出るのかと言うほど悲しみ涙に暮れた日々をすごしました
当時は私は勤めに出ていて、犬の世話はユリ母がすべてやっていました
それから3年間のペットロスの後、カイ君とめぐり合い今の生活があります
そして過去の経験から、最後の見送り方については夫婦で話し合ってあります
過去の暮らした犬たちの中で2頭だけは私たち夫婦の判断で安楽死させた子もいます
シベリアンハスキーの飛鳥は6歳のとき腸閉塞を起こしました
当時は外の犬舎にいて、食欲がなくて病院に連れて行ったら緊急手術になりました
小腸の大部分が壊死している状態で、小腸ほとんどと大腸の一部を摘出してバイパスしました
術後獣医より『この先食事だけで生命を維持していくことはできない』と告げられ
安楽死を提案されました
判断したのは自分たちです
もう一頭はアラスカンマラミュートのシルキー
10歳のころより糖尿病で、毎日インスリンを注射していました
12歳ころには、傷跡や床ずれが化膿して、ウジがわいていました
毎日箸でウジを取るのですが、ウジがわいた後の傷跡は、化膿した膿をウジがきれいにしていました
寝たきりなので寝返りをさせたり食事も口まで持っていってました
そのころは我が家にはシルキーの父親きんちゃんと2頭だけになっていました
そしてきんちゃんが13歳の秋、天寿を全うしました
私たちは、翌日寝たきりのシルキーをきんちゃんと一緒に虹の向こうへ連れて行ってもらおうと決め、獣医さんで安楽死をお願いしました
飛鳥とシルキーの最後で考えたことは
つらい苦しい死に方をさせたくなかったと言うことだけでした
犬の命の価値を私は勝手にそんな風に考えることは間違っているかもしれませんが
私なりの責任でやったことです
もし我が家の犬が余命宣告されたら
治療行為は積極的にやりたいが延命治療は考えません
食事療法なんて考えません
元気なうちは好きなことをして食べたいものを食べさせてあげたい
そして痛みだけは与えないようにしてあげたいと思う
FB友達でオフ会でも会って知っているボルゾイが若くして亡くなったとの報
陸ぼんとほとんど変わらない年齢だったと思う
詳しくはわからないけど、避妊手術の術後に自宅に帰ることなく虹の橋を渡ってしまいました
そんな訃報に接し、過去のこんなことを思い出して本日のブログに記しました
ティナのご冥福をお祈りします

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