from : NPO法人・犬猫みなしご救援隊・代表ブログ・みなしご庵へようこそ
20数年前
野良猫の
保護を始めたころの私は
俗にいう
‘シェルター’なんて
欲しいとも
思いませんでした。
それから
あれよあれよの間に
犬10匹
猫150匹
猫の頭数を
増やすことには
当時から
自信がありましたが
犬に関しては
自信がなく
『犬を
もっと保護するには』
・・・を
考えるようになり
銀行に相談して
大借金して
今の広島本部を
建設しました。
その時
大借金して思ったことは
『借金してでも
保護施設は建てるべし』
いつか・・・
いつか・・・
・・・と
言ってるだけじゃ
永遠に
‘いつか’は来ません
やる時は
今しかないですけぇ♪
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
保護施設ができた
お蔭で
保護活動自体
安定してきて
『このまま
ぼちぼち行けば』
・・・と思っていた
2011年3月11日
東日本大震災が起き
私の考えや
人生までも一転し
押し出されるように
今日に至ります。
そして・・・
私は
今日も今日とて
団体にしかできない
大掛かりな活動を行うために
あれこれ考え
【我が手足のように
メンバーを動かしている】
・・・のです(笑)
芦別エリア
両サイドの草が
きれいに刈られたことで
私の考えが
変わってきました。

芦別エリアの
廊下から見ると・・・

この見渡しの
素晴らしさ
これで
草は生えん・・・
いずれこのスペースも
活用しますが
1年ぐらいは
土を作ろうかと・・・

反対側も
きれいスッキリ♪

まだ1本2本
ツル草が残っとるけど
これぐらいは
目をつむるか・・・
そんなことより
次に私が着手したのは
芦別エリアの
室内の床♪
芦別エリアは
2013年11月に
‘急きょ’作って
なんとなく
やり過ごしてきていたので
これを機に
一気に改修!

床を貼ったことで
ずいぶんと
お世話が
やりやすくなったと思います。

この床貼りは8割
私がやって
最後の重要なとこ
2割ほど
田原君に
やってもらいました。

「ぼくは
段ボール床の方が
えかった・・・」
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
内陸に位置する
栃木拠点は
夏の暑さも
冬の寒さも
どっちも厳しいので
暑さ対策
寒さ対策は
とても重要です。

犬舎・猫部屋の
屋根には
UVシートを
張りめぐらせて
窓辺は寒冷紗で
日よけをします。
こ~することで
エアコンの室外機にも
直射日光が
当たらず
省エネになります。
ね♪

パドックの
柵にかける寒冷紗は
これ以上
長くできません。
・・・なぜなら
犬たちが
引っ張りおろしたり
オシッコかけたりするから(笑)
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
なんちゃって職人
奮闘中

屋根の上に
上がってますが
これは
水道工事なんです。
夏は暑いので
井戸水ポンプを
もう1台
動かそうと考えています。

昨日の夕方
栃木特有の雷雨の前で
涼しかった時
そして今・・・

オジサン
栃木のガンガンな太陽に
焦がされてます。
私の発想は
いつも極端で
思いついたら吉日
即決断
即行動
私には
明日はないのです。
それもこれも
犬猫のため
栃木拠点を
進化させるため!
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
犬猫みなしご救援隊
栃木拠点は
1日にして成らず
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
2011年8月1日
設備も
整っていないのに
塩谷町拠点から
お引っ越し♪
最初は
こんな感じだったんですよ

そうなんです。
外周のフェンスもなく
山土も入っておらず
犬80匹は
8面サークルで
雨が降ったら
アウトでした。

荷物も山積み・・・
これを
きれいにして
ボランティアさんたちが
整理してくれたのです。

なんちゃって職人さん
屋根を作ってます。
台所に
屋根もないのに
引っ越したんです私(笑)
明日を
待っていたら
何も進まんですけぇね
そのころはまだ
多くの犬猫が
福島原発20km圏内に
取り残されていたので
毎日のように
保護しては
こんな
中途半端な環境に
連れて帰っていました。

栃木拠点
保護第一号は
花子と
子どもたち
花子も仔犬たちも
みんな
ひどい疥癬でした。

こんな状態の仔犬を見て
『うちはまだ
屋根がないから』
・・・なんて
言い訳にもならん
『雨に濡れても
ウチに居た方がマシ』
当時の私は
自信を持って
そう思っていました。

日が暮れて
福島を出るから
拠点に到着するのは
夜遅くになります。
夜遅く
咬みつき犬が
ケガをして来る・・・
夜遅く
咬みつき犬の
ケガの治療を
せにゃ~ならん・・・
それでも当時は
とても充実しており
やりがいがありました。

ようやくできた
パドック(運動場)

パドックイ内には
山土が入りましたが
フィールドは
リュウチョウのまま・・・

みんな暑い中
屋根もないのに
ご苦労さまでした。
いやホント・・・

パピーたちも
日増しに増え
幼稚園を作って
対応していました。

猫部屋は
犬舎より遅れて
できあがりました。

猫庭ができると
猫たちの
生活の質が
グッと上がります。
完成が
楽しみでした。

猫庭完成
一番乗りは
チビミケでした♪

このあたりから
福島原発20km圏内に
取り残されていた
猫の保護にも
力を入れるようになり

ガンガンに
捕まえてはTNR
Rはもちろん
栃木拠点の
猫部屋♪

完璧と思われていた
猫庭ですが
ほんの数う㎝の隙間から
うまいこと逃走され
そのたびに
捕獲器を仕掛け捕獲
・・・いやぁ・・・
猫の身体能力の
高さには
いい加減
参りましたよ(笑)
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
それでも
栃木拠点を構えてから
啓発イベントとかにも
積極的に
参加する余裕も生まれ

啓発イベント第一号は










野良猫の
保護を始めたころの私は
俗にいう
‘シェルター’なんて
欲しいとも
思いませんでした。
それから
あれよあれよの間に
犬10匹
猫150匹
猫の頭数を
増やすことには
当時から
自信がありましたが
犬に関しては
自信がなく
『犬を
もっと保護するには』
・・・を
考えるようになり
銀行に相談して
大借金して
今の広島本部を
建設しました。
その時
大借金して思ったことは
『借金してでも
保護施設は建てるべし』
いつか・・・
いつか・・・
・・・と
言ってるだけじゃ
永遠に
‘いつか’は来ません
やる時は
今しかないですけぇ♪
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
保護施設ができた
お蔭で
保護活動自体
安定してきて
『このまま
ぼちぼち行けば』
・・・と思っていた
2011年3月11日
東日本大震災が起き
私の考えや
人生までも一転し
押し出されるように
今日に至ります。
そして・・・
私は
今日も今日とて
団体にしかできない
大掛かりな活動を行うために
あれこれ考え
【我が手足のように
メンバーを動かしている】
・・・のです(笑)
芦別エリア
両サイドの草が
きれいに刈られたことで
私の考えが
変わってきました。
芦別エリアの
廊下から見ると・・・
この見渡しの
素晴らしさ
これで
草は生えん・・・
いずれこのスペースも
活用しますが
1年ぐらいは
土を作ろうかと・・・
反対側も
きれいスッキリ♪
まだ1本2本
ツル草が残っとるけど
これぐらいは
目をつむるか・・・
そんなことより
次に私が着手したのは
芦別エリアの
室内の床♪
芦別エリアは
2013年11月に
‘急きょ’作って
なんとなく
やり過ごしてきていたので
これを機に
一気に改修!
床を貼ったことで
ずいぶんと
お世話が
やりやすくなったと思います。
この床貼りは8割
私がやって
最後の重要なとこ
2割ほど
田原君に
やってもらいました。
「ぼくは
段ボール床の方が
えかった・・・」
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
内陸に位置する
栃木拠点は
夏の暑さも
冬の寒さも
どっちも厳しいので
暑さ対策
寒さ対策は
とても重要です。
犬舎・猫部屋の
屋根には
UVシートを
張りめぐらせて
窓辺は寒冷紗で
日よけをします。
こ~することで
エアコンの室外機にも
直射日光が
当たらず
省エネになります。
ね♪
パドックの
柵にかける寒冷紗は
これ以上
長くできません。
・・・なぜなら
犬たちが
引っ張りおろしたり
オシッコかけたりするから(笑)
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
なんちゃって職人
奮闘中
屋根の上に
上がってますが
これは
水道工事なんです。
夏は暑いので
井戸水ポンプを
もう1台
動かそうと考えています。
昨日の夕方
栃木特有の雷雨の前で
涼しかった時
そして今・・・
オジサン
栃木のガンガンな太陽に
焦がされてます。
私の発想は
いつも極端で
思いついたら吉日
即決断
即行動
私には
明日はないのです。
それもこれも
犬猫のため
栃木拠点を
進化させるため!
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
犬猫みなしご救援隊
栃木拠点は
1日にして成らず
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
2011年8月1日
設備も
整っていないのに
塩谷町拠点から
お引っ越し♪
最初は
こんな感じだったんですよ
そうなんです。
外周のフェンスもなく
山土も入っておらず
犬80匹は
8面サークルで
雨が降ったら
アウトでした。
荷物も山積み・・・
これを
きれいにして
ボランティアさんたちが
整理してくれたのです。
なんちゃって職人さん
屋根を作ってます。
台所に
屋根もないのに
引っ越したんです私(笑)
明日を
待っていたら
何も進まんですけぇね
そのころはまだ
多くの犬猫が
福島原発20km圏内に
取り残されていたので
毎日のように
保護しては
こんな
中途半端な環境に
連れて帰っていました。
栃木拠点
保護第一号は
花子と
子どもたち
花子も仔犬たちも
みんな
ひどい疥癬でした。
こんな状態の仔犬を見て
『うちはまだ
屋根がないから』
・・・なんて
言い訳にもならん
『雨に濡れても
ウチに居た方がマシ』
当時の私は
自信を持って
そう思っていました。
日が暮れて
福島を出るから
拠点に到着するのは
夜遅くになります。
夜遅く
咬みつき犬が
ケガをして来る・・・
夜遅く
咬みつき犬の
ケガの治療を
せにゃ~ならん・・・
それでも当時は
とても充実しており
やりがいがありました。
ようやくできた
パドック(運動場)
パドックイ内には
山土が入りましたが
フィールドは
リュウチョウのまま・・・
みんな暑い中
屋根もないのに
ご苦労さまでした。
いやホント・・・
パピーたちも
日増しに増え
幼稚園を作って
対応していました。
猫部屋は
犬舎より遅れて
できあがりました。
猫庭ができると
猫たちの
生活の質が
グッと上がります。
完成が
楽しみでした。
猫庭完成
一番乗りは
チビミケでした♪
このあたりから
福島原発20km圏内に
取り残されていた
猫の保護にも
力を入れるようになり
ガンガンに
捕まえてはTNR
Rはもちろん
栃木拠点の
猫部屋♪
完璧と思われていた
猫庭ですが
ほんの数う㎝の隙間から
うまいこと逃走され
そのたびに
捕獲器を仕掛け捕獲
・・・いやぁ・・・
猫の身体能力の
高さには
いい加減
参りましたよ(笑)
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
それでも
栃木拠点を構えてから
啓発イベントとかにも
積極的に
参加する余裕も生まれ
啓発イベント第一号は